労働災害とは、業務が原因で労働者が負傷・死亡したり病気になったりすることをいい、労働安全衛生法では、「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡することをいう。」とされています。
令和5年における労働災害発生状況について、労働災害に被災して休業4日以上となった方が13万5371 人、死亡された方が755人と報告されています。令和5年中の自殺者の数が2万1837人であることと比較すると、労災で死亡された人数は少ないですが、被災労働者の数自体は決して少なくありません。
参考までに、死亡事故の原因別の人数でいうと、①墜落・転落:204人、② 交通事故(道路):148人、③ はさまれ・巻き込まれ:108人となっています。
このような労働災害の発生を防止するため、労働安全衛生法は、事業者に対し、「単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。」とその責任を定めています。
なお、労働災害のうち、労働者の負傷を防ぐことを「安全」、疾病を防ぐことを「衛生」と呼び、両者は区別されています。この労働災害については、近年、過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレスなどが原因で発病した精神障害などが、業務上の疾病として注目されています(厚生労働省HP参照)。
使用者が労働安全衛生法上の労災防止義務を果たしても労働災害が発生してしまった場合、労働基準法上、使用者の過失の有無にかかわらず、使用者は被災した労働者らに対し、補償(療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償、葬祭料)を行うことが義務付けられています。この労働基準法上の使用者による補償のことを、災害補償といいます。
労働基準法 第八章 災害補償
(療養補償)
第七十五条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
② 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
(休業補償)
第七十六条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
(障害補償)
第七十七条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治つた場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない。
(遺族補償)
第七十九条 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。
この災害補償とは別に、使用者は、労働基準法上の補償義務だけでなく、一定の要件を満たした場合は、民法709条に基づく不法行為や労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償義務を負う場合があります。
上述のように、災害補償は、療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償、葬祭料に限定され、かつ、法令の基準に従った金額のみ認められるのに対し、民法上の不法行為、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任の場合、労働災害と相当な因果関係の認められる損害(慰謝料を含む)が認められます。使用者に過失等が認められる場合は、使用者に対し、民法に基づく損害賠償請求がされることになります。
ただ、使用者に賠償責任を果たす資力がない場合等、使用者に対し損害賠償請求訴訟を提起して勝訴しても、損害を回復できなかったり、回復までに長期間を要しその間の生活が困窮してしまう事態も起こりうるため、かかる事態の発生を防止するため、国は、労働者の業務上の事由または通勤による傷病などに対して必要な保険給付を行う労災保険制度を設けています。
この労災保険制度というのは、使用者を国が運営する保険に予め加入させ、国が、被災労働者又は遺族に対し、業務上の事由による労働者の負傷、疾病、傷害、死亡等(業務災害)に対する保険給付を行い、被災労働者の社会復帰の促進及び遺族の援護等を図ることを目的とする制度です。業務上とはいえない通勤の際の負傷等(通勤災害)に対しても保険給付が行われ、民法、労働基準法がカバーしていない範囲まで被災労働者の保護を図っています。
労働者災害補償保険法第12条の8第2項によると、業務災害に関する保険給付は、労働基準法第75条等に規定する災害補償の事由が生じた場合に行うとされています。労働基準法75条等に基づく災害補償は、労働基準法施行規則の別表第1の2(厚生労働大臣告示も含む)に定められた疾病の範囲で行われるとされていて、この範囲のことは、「職業病リスト」と呼ばれています。業務災害(疾病の場合)における労災の保険給付は、この「職業病リスト」に挙げられている疾病に限り行われます。
使用者は、以下のとおり、労災補償を行った場合は、補償した価額の限度で民法上の損害賠償責任を免れます。また、労災保険法により労災保険給付が行われるべき場合は労基法上の補償責任を免れるとされていることから、被災労働者らに対する労災保険給付が行われた場合、使用者は、支払われた価額の限度で、民法上の損害賠償義務を免れると解されています。
逆に言うと、繰り返しになりますが、使用者は、労災補償や労災保険給付の価額を超える損害に関しては、民法上の損害賠償責任を免れず、被災労働者又は遺族は、使用者に対し、民法上の損害賠償請求をなしえることになります。
労働基準法84条(他の法律との関係)
この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
② 使用者は、この法律による補償を行った場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。