業務災害により労働者が死亡又は休業したときは、使用者は、管轄の労働基準監督署に対し、遅滞なく、法定の事項を報告する必要があります(令和7年1月1日からは、電子申請が義務化)。この報告のことを「労働者死傷病報告 」といい、死亡、病気、怪我を合わせて死傷病と呼んでいます。この報告は、休業4日未満の場合と4日以上の場合とで手続きが異なっていて、休業4日未満の場合は、四半期ごとに発生した就業中の事故をまとめてその事故が起こった四半期の翌月末日までに提出することになっているのに対し、休業4日以上と死亡の場合は、事故が起きてから遅延なく提出することになっています。
この報告を使用者に義務付けているのは、労働基準監督署が労働災害の再発防止を図るために必要な情報を収集する必要や、被災者や下請業者に災害補償上の不利益を生じさせないようにする、いわゆる労災隠しを防止する必要があるためです。
業務災害による死亡や休業が発生した時に報告すべきとされているので、通勤途中の災害であったり、怪我等しても休業はしていない場合は、使用者はこの報告をする義務はありません。業務遂行中に業務に起因して受けた負傷又は疾病によって、医療機関(事業所内の診療所等を含む)で医師の手当てを受け、被災日の翌日以降1日も休業しなかった業務災害のことは、「不休災害」と呼ばれています。
ちなみに、労働基準監督署は、厚生労働省の第一線機関であり、全国に321署あります。労働基準監督署の内部組織は、労働基準法などの関係法令に関する各種届出の受付や、相談対応、監督指導を行う「方面」(監督課)、機械や設備の設置に係る届出の審査や、職場の安全や健康の確保に関する技術的な指導を行う「安全衛生課」、仕事に関する負傷などに対する労災保険給付などを行う「労災課」、会計処理などを行う「業務課」などから構成されていて(厚生労働省等「労働基準監督署の役割」参照)、労働災害について担当しているのは「労災課」なので、ここに労働者死傷病の報告をすることになります。
使用者が労働基準監督署に対し、「労働者死傷病報告」をしたとして、それに引き続き、労災保険法上の申請も使用者がすべきということになるのでしょうか。
労災保険法に基づく保険給付請求は、被災労働者本人若しくはその遺族又は葬儀を行うものが管轄の労働基準監督署長に対し、所定の保険給付請求書を必要書類とともに提出して行うとされているので(労災保険規則12条、12条の2等)、労災申請するのはあくまでも被災者等が行うもので、使用者には、被災者等に代わり労災申請を行う義務はありません。
労働者災害補償保険法施行規則
(療養補償給付たる療養の給付の請求)
第十二条 療養補償給付たる療養の給付を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、当該療養の給付を受けようとする第十一条第一項の病院若しくは診療所、薬局又は訪問看護事業者(以下「指定病院等」という。)を経由して所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
(療養補償給付たる療養の費用の請求)
第十二条の二 療養補償給付たる療養の費用の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
(休業補償給付の請求)
第十三条 休業補償給付の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
(障害補償給付の請求)
第十四条の二 障害補償給付の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
一方、被災者等も、労災申請を行うのはあくまでも権利であり、義務ではないので、業務上、被災等したからといって、必ず労災申請をしなければいけないという訳ではありません。労災申請せずに、いったん治療費等を全額負担した上で、後日、使用者に対し、労働基準法上の補償義務に基づく請求、民法上の不法行為又は安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求することも可能ではあります。
請求して、使用者が争うことなくすぐに賠償に応じてくれればよいですが、仮に争われた場合、裁判等で決着させる必要が生じ、解決までに長い年月がかかることになりかねません。そのようなデメリットを考えると、あえて、被災者等が労災申請をしないで民事上の損害賠償請求だけをするということは通常は考えにくいところではあります。
仮に、被災者等が労災申請を行わないという選択を自ら(使用者に申請しないよう強要されたとかいう事情がなく)した場合、使用者としては、労災保険の手続に関し、協力すべきことはなにもないということになります。
それに対し、被災者等が労災申請を行うという選択をし、自ら保険給付の手続を行うことが困難という事情がある場合には、使用者は手続きを行うことができるよう助力する義務を負います。ただ、あくまでも助力なので、主体的に行う義務まではありませんが、実際には、使用者の方で労災申請書類を作成し提出していることも多いです(会社の規模、会社が労災の手続に慣れているかにもよります)。
労働者災害補償保険法施行規則23条(事業主の助力等)
保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
2 事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。
上記の労働者災害補償保険法施行規則23条2項により事業主の証明義務が規定されていることから、被災者等から証明を求められた場合は、必ず対応しなければいけないと考えておられる事業者の方もおられますが、事業主が労働災害ではないと考えている場合は、事業主証明で求められる証明項目のうち、証明可能なものについてのみ証明し、それ以外の項目については、証明できないと考える理由等について記載(別紙も可)した上で提出することが望ましいです。
事業主証明をしたからといって直ちに使用者の責任が認められるという訳ではありませんが、使用者側の見解として労働災害ではないと考えているのであれば、安易に証明することは避けた方が得策です。事業主証明欄に記載がなかったとしても、労災申請自体は受理されますので問題はありません。
受理された後も、使用者は、各種証拠書類の提出、聴き取りへの協力等、労働基準監督署の調査には協力すべき義務を負っていますが、使用者としての意見がある場合には、意見を申し出ることができます。使用者側の見解を根拠づける調査、聞取り、資料を集めたうえで、具体的な根拠に基づく説得的な意見を述べられるように準備をする必要があります。
労働者災害補償保険法施行規則23条の2(事業主の意見申出)
事業主は、当該事業主の事業に係る業務災害、複数業務要因災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる。
2 前項の意見の申出は、次に掲げる事項を記載した書面を所轄労働基準監督署長に提出することにより行うものとする。
一 労働保険番号
二 事業主の氏名又は名称及び住所又は所在地
三 業務災害、複数業務要因災害又は通勤災害を被つた労働者の氏名及び生年月日
四 労働者の負傷若しくは発病又は死亡の年月日
五 事業主の意見