男女雇用機会均等法11条
(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
事業主が上記措置義務に違反している場合、被害者等は、都道府県労働局長に対し、事業主に対する助言、指導又は勧告を求めることができますし(均等法17条)、紛争調整委員会(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律6条1項)による調停を申請することもできます(均等法18条1項)。
3人の調停委員で構成される紛争調整委員会は、調停のため必要があると認めるときは、関係当事者又は関係当事者と同一の事業場に雇用される労働者その他の参考人の出頭を求め、その意見を聴くことができ、その結果、解決の見込みがあるとされた場合は、委員会が調停案を作成し、関係当事者に対しその受諾を勧告することができます(均等法22条)。
これは、都道府県の労働局(労働基準監督署内の総合労働相談コーナー)に相談した場合の流れになりますが、このような行政機関への相談とは別に、セクシャルハラスメントの被害者は、損害賠償請求の民事訴訟提起、労災申請、公然わいせつ罪・不同意わいせつ罪・傷害罪・脅迫罪・強要罪・名誉棄損罪・ストーカー行為等の規制に関する法律違反・軽犯罪法違反・条例違反等の刑事責任の追及等が可能となる場合もあります。
損害賠償請求の訴訟提起
1.加害者に対する請求(不法行為責任)
セクシャルハラスメントを行った加害者に不法行為(民法709条)が成立するには、加害者の行為に違法性が認められることが必要です。
適正な指導との境界があいまいなパワーハラスメントと比較すると、セクシャルハラスメントの場合、この違法か否かの判断はまだつきやすいと言われています。ただし、自分がセクシャルハラスメントしないためには、職場において性的な言動をすることは基本許されないと考えておくのが無難です。
職場における性的な言動の違法性については、以下のような判示をした裁判例がありますが、性的な言動をしようというまさにその瞬間、判示されているような多くの事情を総合考慮して社会的見地から不相当か否かを即断できる優秀な人がそれほど大勢いるとは思えないので、「職場においては性的な言動はしない」、自分を守るためにはこの方針を徹底するしかないと個人的には思います。
「職場において、男性の上司が部下の女性に対し、その地位を利用して、女性の意に反する性的言動に出た場合、これがすべて違法と評価されるものではなく、その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして、違法となるというべきである。」
「男性たる上司が部下の女性に対して身体的な接触行為を行った場合、対象となった身体の部位、接触の態様、程度等の接触行為の外形、接触行為の目的、相手方に与えた不快感の程度、行為の場所・時刻、勤務中の行為か否か、行為者と相手方との職務上の地位・関係等の諸事情を総合的に考慮して、当該行為が性的意味を有する身体的な接触行為であって、社会通念上許容される限度を超えるものであるときは、相手方の性的自由又は人格権を侵害する違法な行為と解すべきである。」
2.使用者(会社等)に対する請求
(1)職場環境配慮義務違反に基づく責任
前回、セクシャルハラスメント防止に関し、事業主が講じなければならない雇用管理上の措置(主に以下のもの)についてお話させていただきました。
➀ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
② 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③ 事後の迅速かつ適切な対応
事業主がかかる措置を講じていなかった場合、事業主の職場環境配慮義務が果たせていないとして、事業主自身の不法行為責任、債務不履行責任が認められる場合があります(以下の裁判例参照)。
「上司である幹部職員の数年にわたるセクハラ行為が、会社の業務に関連して、かつ、会社における優越的地位を背景に行われたことを指摘しつつ、会社が職員のセクハラ行為を認識しながら、この種事案の解明のため通常とられるべき対応手段をとらず、被害事実を見過ごし、被害者に退職を余儀なくさせたとして、セクハラ行為及び会社の対応と被害者の退職との間に相当因果関係を認め、会社は、使用者又は雇用者としての責任を免れない。」
「上司である専務取締役の部下である支店長に対する行為が、セクシュアル・ハラスメント及びパワーハラスメントとして不法行為に該当するとされた事案において、会社は、セクハラ被害などを受けた従業員が相談の申出をした場合、良好な職場環境を保持するため、相談内容等を踏まえ、事実関係を速やかに調査するとともに、被害者に対する配慮のための措置及び行為者に対する人事管理上の適切な措置を講じるべき義務(職場環境配慮義務)を負っているところ、会社は支店長が主張するハラスメントを認定できないと安易に判断し、支店長を降格する意思を示したことは前記義務に違反する。」
(2)使用者責任
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えた損害を賠償する責任を負っています(民法715条1項)
ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当な注意をしたとき、又は相当な注意をしても損害が生ずべきであったときはその限りでない(使用者責任を負わない)。とされています(同項)。
この使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当な注意をしたか否かについては、上述の「セクシャルハラスメント防止に関し、事業主が講じなければならない雇用管理上の措置」を講じていたかという点がポイントになります。
被用者によるセクシャルハラスメントについて、事業者として損害賠償義務を負うリスクを回避するには、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」をしっかり読み込み、読むだけでなく、実践することが非常に重要です。
労災申請
セクシャルハラスメントにより精神疾患にかかり、業務起因性が認められる場合、被害者は、労働災害補償の申請をすることも可能です。
業務上の疾病と認められるためには、「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」が必要とされていて、セクシャルハラスメントの場合、心理的負荷を評価する視点として、①セクシュアルハラスメントの内容、程度等、②その継続する状況、③会社の対応の有無及び内容、改善の状況、職場の人間関係等があります。
ちなみに、心理的負荷が強いと評価される例として、以下のものが挙げられています。
・ 胸や腰等への身体接触を含むセクシャルハラスメントであって、継続して行われた場合
・ 胸や腰等への身体接触を含むセクシャルルハラスメントであって、行為は継続していない
が、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職
場の人間関係が悪化した場合
・ 身体接触のない性的な発言のみのセクシャルハラスメントであって、発言の中に人
格を否定するようなものを含み、かつ継続してなされた場合
・ 身体接触のない性的な発言のみのセクシャルハラスメントであって、性的な発言が
継続してなされ、かつ会社がセクシャルハラスメントがあると把握していても適切な対応
がなく、改善がなされなかった場合