労働条件の変更という場合に、最も馴染みのあるのは、労働契約等に基づきあらかじめ使用者に委ねられた権限の行使により労働条件を変更する場合でしょう。昇格・降格や配転、人事考課による賃金の引上げ・引き下げ等のことです。
人事考課とは、「従業員の日常の勤務や実績を通じて、その能力や仕事ぶりを評価し、賃金、昇進、能力開発等の諸決定に役立てる手続き」のことをいいます。
一般的に、上位の職位(企業内の職務遂行上の地位)に昇進したり、企業内における従業員の序列や処遇を明確にするために設けられている資格が上がったりするときには、必ず人事考課の結果が反映されます。どんなに勤続年数が長くても、人事考課の結果が十分でなければ昇進・昇格はできません。
従来、日本の会社においては、職務遂行能力によって従業員を職能資格に分類し、職能資格を基準にして賃金額を決めるいわゆる「職能資格制度」が採用されていました。この職能資格制度における職務遂行能力は、勤続によって蓄積されていく性質ものであることが暗黙の前提とされていることから、いったん蓄積された能力が下がるということは想定されていません。
そのため、職能資格制度における資格や等級を引き下げるには、労働者との合意により契約内容を変更する以外、就業規則等、職能資格制度を定めた規則・規定に資格・等級も見直しによる引き下げがありうることを明記しておく必要があります。ただし、そのような明記がされていたとしても、著しく不合理な評価で降格させるような場合は、人事権の濫用として違法と評価されます。
一方、職位・役職を引き下げる降格の場合は、使用者は、労働契約法上当然に、組織内における労働者の具体的配置を決定・変更する広範な人事権を有していることから、就業規則等の具体的な根拠規定がなくても、人事権の行使として職位・役職を変更(低下)することができ、それが違法となるのは、権利濫用(労働契約法3条5項)となる場合に限られるとされています。
労働契約法3条(労働契約の原則)
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
次に、配転とは、従業員の配置の変更であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるもののことをいい、このうち、同一勤務地(事業所)内の勤務箇所(所属部署)の変更が配置転換、勤務地の変更を伴う変更を転勤といいます。
長期的雇用を予定した労働契約関係においては、職種・職務内容や勤務地を限定せずに採用されることが多く、使用者の側に、人事権の一内容として労働者の職務内容や勤務地を決定する権限が帰属するのが通例です。ただし、この権限は、個々の労働契約関係によって及ぶ範囲が異なってくることから、ある配転命令の有効性を判断する場合、使用者の配転命令権の範囲内であるかががまず問題となります。
分かりやすい例でいうと、医師、看護師、ボイラー技士などの特殊の技術、技能、資格を有する者については職種を限定して雇用されることが普通なので、原則として、職種の変更を伴う配置転換を使用者が一方的に行うことは許されません。ただし、このような特殊技能者であっても、長期雇用を前提としての採用の場合には、当分の間は職種がそれに限定されていても、長期の勤続とともに多職種に配転されうるとの合意が成立していると解されるケースもあることに注意が必要です。
また、労働契約上、勤務地が限定されている場合も、使用者が一方的に転勤させることはできず、転勤をさせる場合は本人の同意が必要となります。
仮に、使用者の配転命令が権限の範囲内であったとしても、配転命令権の行使は濫用してはいけないことにも注意が必要です。裁判においては、「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても・・・・・他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」には権利濫用となるとの判断組みが樹立しています。
従来、権利濫用と認められるのは、要介護状態にある老親や転居が困難な病気を持った家族を抱えその介護や世話をしていたり、本人が転居困難な病気を抱える従業員に対する遠隔地への転勤命令などのケースが多く、共稼ぎや子の教育等の事情で夫婦別居をもたらすような転勤命令は、業務上の必要性が十分に認められ、労働者の家庭の事情に対する配慮(住宅・別居手当の支給、旅費補助等)をしているような場合には、有効とされていきました。
しかし、子の養育又は家族の介護状況に関する使用者の配慮義務を定めた育児介護休業法の改正、仕事と生活の調和への配慮を労働契約の締結・変更の基本理念として規定した労働契約法の成立、少子化や労働者の健康の問題との関連でワーク・ライフ・バランスの社会的要請の高まりなどの社会的状況の中、今後は、配転命令の権利濫用判断における「転勤に伴い通常甘受すべき程度の不利益」であるか否かの判断基準は、「仕事と生活の調和」の方向へ修正されていくことが予想されています(菅野和夫・山川隆一「労働法」参照)。